第三回 スペシャルインタビュー 後編

土合朋宏さん 後編をお届けいたします。

  • せっかく観るエンターテイメントとしてのいけばなについて、素晴らしいことを仰っていただいているので、今掘り下げていきたいんですが 例えばその場所だとかどういったいけばななのかという具体的なイメージは土合さんの中にお有りですか。
  • 土合例えば観ることについて言えば、ホテルのロビーやビルの受付に立派ないけばなが飾られていることが多いと思いますが、若い人達にとってはこういった花は「自分たちに近い」ものではないと思うんです。
    彼女たちにとってもっと身近な観るエンターテイメント、それは友人宅のテーブルにぽっと飾られている花だったり、洗面台や玄関先にちょっと置かれているお花。あるいはおしゃれなカフェやレストランのテーブルにちょっと飾られてる一輪みたいなものなんだと思うんです。だから彼女たちが身近に感じる観るエンターテイメントは、僕たちいけばなを習っている人たちが作るものからすると、かなりサイズの小さいものなのではないかと思います。なので、今の生花や立花をいけるサイズの花器だけでなく、もっと小さなサイズのいけばな用の花器があってもいい気がします。
    それから巡回講座で先生がどんどんお花を生けてくれるじゃないですか。
  • いけばなデモンストレーションですね。
  • 土合 あれはすごい。初めて見せていただいたときは「すごいな」って驚きました。次々といろいろなタイプの花が美しく生けられていくのは、テーブルでどんどん手品が進むライブエンタテインメントを見ているような感じでした。普通の方がイメージしているよりはるかに速いスピードで、いろいろなテーマの花がどんどん作られるのは、観るエンターテイメントとしてもかなり楽しいのではないかと思います。
  • 例えば、いけばなデモンストレーションだけをショーのように見せるということでしょうか?
  • 土合はい。もちろん有料であれば、目をくぎ付けにする、ドキドキするような面白さが必要だと思いますが。
  • 確かにそうです。
  • 土合ほとんどの人にとって、お花って生けるものでなく、見て愛でるものなので、そこに西洋的なアレンジメントしかないっていうのは残念です。
    日本的な美が表現されている、小さないけばな、たとえばすごく小さいけれど形はきちんと生花になっているもの、あるいは小さな立花がポッとしゃれたカフェのテーブルにあると、たぶん「これ面白い」っていう話になる。若い人達ってインスタグラムやフェイスブックなどSNSに投稿するために写真映えするものを常に探していて、珍しもの、面白いもの、おしゃれなものも見つけると写真に撮ってすぐにインスタグラムなんかにあげてます。身近な所にそういうものがあるっていうのが、観るエンターテイメントの入り口なんじゃないかなと思います。
    こんな勝手なこと言っていますが、大丈夫ですか?

    大丈夫です。池坊いけばなを好きでいてくれるからこそのご意見ですから。やはりサイズ感って重要ですか?

    土合真逆の大きいものも体験型のエンターテイメントでは面白いと思います。たとえば立派な草木を使った2メートル近い大きないけばなを作る体験できるといえば、ある程度お金を払ってでもやってみたいという人はいるのではないでしょうか。「等身大の大きないけばなを作る体験をしてきたよ」なんていうのは、体験者が作品と自分とを並べて写真に撮って、SNSでいろんな人に拡散したりするのではないかと。ちょっと話題になるのではないかと思いますね。
    極端に大きいとか極端に小さいというのはエンターテイメントとしては十分ポテンシャルがあると思うんです。
  • 面白い。いけばなbijouxやいけばなluxeのトライアルにも取り入れてみたいです。
  • 土合それから、フュージョン、すなわち他の文化との組み合わせみたいなものも「面白いのでは」と思うんです。たとえば、和食といけばなという組合せで、1つのテーマを決めて、そのテーマを表現したいけばなを観ながら、同じテーマで作られた和食をいただくとか、すごく面白いのではないかと思います。ほかの文化と組合わせることで、エンターテイメントとして更に大きく広がる可能性があるのではないでしょうか。
    僕はまだ2年ちょっとしかいけばなの経験が無いので、部外者=アウトサイダーとしての目線があるのだと思います。だからまだ「普通の人にとってどこが面白いんだろう」ということが見えているのかもしれません。
  • アウトサイダーの目線は海外に行かれても発揮されるのではと思いますが、それについてはいかがでしたか?
  • 土合海外に行く前は、日本の文化を特に気にしていなかったのですが、実際に海外に行くと、友だちとか上司に日本の文化のことを聞かれます。だから、海外留学や海外勤務をした方は、「日本の文化について如何に知らなかったか」に気づき、その後日本の文化を勉強しようとする人が多いんです。僕も海外に行ったり外資系企業に入ったことが「日本的なものをもっと知らなきゃ」と思ったきっかけになっていると思います。
    僕はいけばなを習う前から日本的な美、「日本人は『美しさ』をこれまでどのように考えてきたのか」ということに興味がありました。
    だから「面白いなぁ」と思うのは、いけばなを学ぶことで欧米との違いが見えてくることです。いけばなを通して気づいたことがいくつかあります。
    まず第1に、日本人が考える美しさって、不均衡で非対称。不均衡で非対称なものを絶妙にバランスをとるのがナチュラルで美しいと考えているのではないかと思います。これに対して欧米人の感じる美しさの基本は均衡で対称(=シンメトリー)なもの。きちんと均衡がとれているものを綺麗だと感じる西洋的なものの見方と比べると、「感じ方が全然違うなあ」と思います。
    このことに関連していますが、日本は動的なもの、動きや時間が表現されるものが美に繋がっていくと考えられているのに対し、欧米的な見方だと静的なもの、完成されて永遠なものが美しいと思われていると思います。


    だから、日本だと実際には計算されているとしても、自然(=ナチュラル)っていうものの中に一番の美しさがあると考えているのに対して、欧米的にはきちんと計画(=デザイン)される、人間の計画や知恵の中に美があると考えられているように思います。
    それと、「間」をどうとるかについても。
    日本的な美しさの表現であるいけばなでは、「間」も含めて全体のバランスをとっていますけど、欧米的なものの見方だと、「間」は隙間があるとか間が抜けているという発想になるので、「隙間があったら埋めなければいけない。隙間なくきちんと詰まっている方が美しい」っていう考えですから、この点もかなり違います。
    どちらにもそれぞれの論理があって、「美しいとはなんだろう」って事を突き詰めた時にそういう違いがでるのは「すごく面白いなぁ」って思います。海外にいる多くの人達は、欧米的な美しさの考え方だけしか知らないかもしれないので、そういう人たちに、「日本的な美しさの考え方を伝えてあげたいな」って思いますね。
  • いろいろな角度からお話が伺え嬉しいです。これからの未来のいけばなについてもぜひ。
  • 土合未来のいけばなっていうテーマはすごく広いので、自分の専門がマーケティングなので、「池坊やいけばなにふれたことのない人達を、どのようにリクルートしたらいいか」について考えてみました。 このような人達をリクルートするにあたっては、「池坊のいけばなは何を与えてくれるのか」を考えないといけないと思うんですね。いけばなを習っている自分にとっては、いけばなは「自己研鑽」と言いますか、「日本の文化を見つめる知的な旅」と言えますが、全然知らない人にはこのことは「あまり価値がないのではないか」と思うのです。
    で、自分が最初にいけばなの門を叩いた時に「何が楽しかったか」を振り返ってみると、自分にとっていけばなは「最も簡単に楽しめる日本の芸術」という感じだったのです。老若男女、誰でも花とハサミと花器さえあれば体験出来る日本的なエンターテイメント。こちらのほうが間口が広そうです。
    だから「このことをどうやって彼ら・彼女らに、わかりやすく、魅力的に伝えていくのか」が重要になります。
    実は今、若い人ほど日本が大好きなんですね。「日本ってこんなに素晴らしい」、「日本が最高」って思っている人達が増えているんです。映画でも若い人には洋画より邦画のほうが人気がありますし。「日本的なもの」には追い風が吹いてるんです。だからこの追い風を使わない手はないと思います。
    具体的にどうするかってことなんですけど、一番大事なのは、Awareness(認知)を高め、Interest(興味)を持たせること、つまり目にふれる機会を圧倒的に増やして興味関心を高めることだと思います。どうするのかといえば、例えばお花屋さんに行けば、西洋的な花束やアレンジメントもあるけど、池坊的なアレンジメントもあるという感じですね。身近な花束やフラワーアレンジメントに池坊テイストのものがあってもいいし、和式の結婚式のブーケが池坊的なものであってもいい、あるいは池坊のクリスマスのフラワーオーナメントや母の日の花束があってもいいと思うんです。
    お金を稼ぐビジネスをすべきだというのではなく、普通の人が一番お花にふれるところに池坊的なものが無いと興味や関心を高めるのが難しいのではないかと思うのです。もう一つの目にふれやすいところでいうと、レストランとかカフェ、若い子達がいくオシャレなところに飾ってある花。こういう所にも、すごくちっちゃないけばなが飾られていれば、「何これ。かわいい」ってことになって、興味が湧くと思うんです。。
  • そのような発想は、既に池坊を長年学んでいる我々には出来ないかも。エンターテイメントの本質を掴んでいらっしゃるからこそだと思いますが。
  • 土合本質を掴んでいるかどうかわかりませんが、「エンターテイメントの価値って何だろう」と考えたことがあります。その時にある友人に教えてもらった話があります。
    「人間には動脈と静脈があるでしょう。製造業や金融業など経済を支える柱、経済のメインストリームになるビジネスは例えるなら動脈。一方で、そういうビジネスが一旦終われば疲れて休ませる必要が出てくる。だからそれらの疲れを癒し、再び活力が出るようにリセットさせていくエンターテイメントのようなビジネスがたとえるなら静脈。メインストリームのビジネスがハードであればあるほど、逆にエンターテイメントのようなものが必要となり、その2つがセットになっているんだよ」と。その時に「エンターテイメントが必要な理由」に気づいた気がするんですね。疲れた人や大変だった人たちをリラックスさせ、活力を取り戻させて再び仕事に戻れるようにしていく役割を担っていることで、きちんと経済の役になっているのではないかと。
    実際、自分にとっても仕事の後でいけばなをすることによって頭が切り替えられたり、集中力が高まったりと、ある意味で疲れが癒されているのだと思うんです。やっぱり癒されることは必要だと思うんですよね。ハードに働けば働くほど。
  • そう仰っていただけるととても嬉しいです。最後に土合さんのいけばなについての夢をお聞かせくださいますか?
  • 土合僕はまだいけばなを始まったばかりなので、これから立花だとか新風体などに進んで、いけばなの奥の深いところに触れてみたいですね。「いけばなについてもっと勉強したいな」という気持ちで一杯です。
    もう一つ思っているのは、仕事柄 英語を使ったり海外の人と接することも多いので、定年退職になったあかつきには、「海外の人達にいけばなや池坊の素晴らしさ、日本文化のエッセンスや日本の美に対する感性を伝えられたらいいなぁ」と思っています。いけばなの面白さや奥深さを知ったら、「やってみたい」という外国の方は非常にたくさんいらっしゃるのではないかと思います。
  • 長時間にわたり熱のこもった具体的なご意見に、ずっと惹きつけられました。これからのヒントが随所にあり、いけばなには大いなる可能性が秘められている、と気づかされました。池坊いけばなの振興を目標にする方たちにも是非読んでいただきたいと思います。 土合朋宏さんにはビジネスリーダーとして、日本人として、もちろん池坊人としてもさらなるご活躍を期待しております。 有難うございました。
  • Special interview もどんどんパワーアップしています。次回もどうぞお楽しみに!
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  • 第3回 土合氏インタビュー前編 はこちら